男子の将来の夢、15年ぶり学者・博士が1位

 第一生命保険が毎年小学生を対象に行っている、「大人になったらなりたいもの」のアンケートで、男子の第一位が「学者・博士」だったそうです。

 アンケートは小学校6年生までの子供を対象に、昨年7月から9月に行われました。2003年以降、毎年1位はプロ野球選手かJリーガーでしたが、今回15年ぶりに「学者・博士」が1位に返り咲きました。

 この所、自然科学部門で日本人のノーベル賞受賞者が相次いでいることなどが影響しているとみられます。そもそも、学者・博士は人気の低い職業ではありません。毎年のようにベスト10に入っていますし、それどころかベスト3の常連で、昨年は2位でした。

 最近は日本人科学者の活躍や、その研究人生をテレビ番組で特集したりする事も多いですし、人工知能が人間のプロ棋士と将棋をしたり、人工知能による自動運転車が走行実験を行ったりと、科学に注目が集まることも多くなっています。

 しかし、現実は厳しいものがあります。2012年にiPS細胞でノーベル賞 生理学・医学賞を受賞した山中伸弥教授(京都大学)も、1年の半分を寄付金集めのために奔走しているとか。

ストレスが貯まって気づいたら分け目部分が薄毛になりました

 現在30代後半の専業主婦のものです。20歳前後の頃、まだ大学に在学中に大失恋をし、それをきっかけに1年ほど薄毛に悩まされた経験があります。大失恋とは、大学に入学して初めてできた彼氏にフラれてしまったことです。そのフラれてしまったこと自体がストレスだったわけではなく、自分の大学内での交友関係がストレスでした。

 そのフラれた彼氏というのは同じ大学の先輩で、周りの友人も彼との共通の友人ばかりでした。ですので、別れてからもその友人関係を壊して一人になるのが怖くて、失恋の痛みを隠して日々過ごしていたことが薄毛になるほどのストレスにつながったと思います。別れた彼氏の話をするにしても悪口になってしまう気がして気が引け、そのことを周りの友人も察知し、私に気を遣っていたのが手に取るように分かりました。本当は辛いのに辛いと言う機会を自ら逃し、平気なフリをして過ごすことがいかに精神的な負担につながるのかを実感した時期でもありました。そんな日々を過ごすにつれて、自分でもどんどん痩せていき、髪の毛も薄くなってきたのがわかりました。後頭部の髪の分け目部分の地肌がだんだんと目立つようになってきたので、長かった髪の毛をバッサリと切り、結ぶのをやめました。

 そんな日々を1年過ごしたあとに、新しく好きな人ができました。別れた彼も先に卒業したので会うこともなくなり、精神的にラクになったのを覚えています。新しい恋が始まった頃から久々に精神的に開放された気分になり、ワクワクと楽しい日々が始まりました。その頃から徐々に薄毛が治ってきたように思います。いくら食べても太れなかったのが、体つきも健康体に戻ってきました。そして、新しい彼氏が出来てからは、それまでの自分がいかに自信を失っていたかに気付きましたし、本来の明るい自分に戻ったように思います。自分の感情にフタをして、悲しい・辛いという気持ちをずっと自分の中で抱え込むことが、相当なストレスになるのだと痛感しました。そして、失恋した際に、へんに見栄を張って強がってしまったことが自分を追い込んでいたことに気付きました。自分の感情よりも、周りの人間関係ばかりに気を配ってしまっていました。でも、新しい恋から自分を取り戻すことができ、今まで自分がこだわっていたことがそれほど大切でないことにも気付きました。

 やはり女性の薄毛の根本は、ストレスにあると思います。1人で抱え込み、周りにいい顔をしてしまいがちな人ほど精神的に追い込まれてしまいます。自分を知り、自分を大事にすることが薄毛対策の根本だと思います。

 女 薄毛

書店ゼロの自治体、420

 香川を除く全国46都道府県で420の自治体・行政区で、地域に書店が1店舗もない「書店ゼロ自治体」ができているそうです。

 420というのは、全国に1896ある自治体・行政区の2割強です。書店ゼロ自治体の殆どは町村ですが、北海道赤平市と歌志内市、茨城県つくばみらい市、徳島県三好市、熊本県合志市、宮崎県串間市、鹿児島県垂水市など7つの市も含まれます。

 書店自体も毎年減少傾向で、2000年には全国の書店数は2万1654店でしたが、現在は1万2526店で、4割強も減っています。

 人口減と活字離れ、電子書籍の普及と、書店には逆風が吹きまくっていますし、この流れは最早変えられないでしょう。

 書店は大型化で生き残りをかける傾向が見られ、中小の書店数は減少していますが、大型書店の数は逆に増えています。今後は一部の大型書店だけが生き残り、中小の、特に個人経営の書店は淘汰されていくのではないでしょうか?。経済合理性に逆らって生き残るのは難しいですし、これが時代の流れというものでしょう。

座敷わらしの宿、再開へ

 2009年に火災で全焼した「座敷わらしの宿」として有名な金田一温泉郷(岩手県二戸市)の旅館「緑風荘」が5月14日に営業を再開します。

 緑風荘の建物は、江戸時代の1689(元禄2)年ごろに建築されたと伝わっており、旅館として営業を始めたのは1955年。座敷童の目撃される旅館としては、日本で一番有名で、多くの著名人が宿泊していました。

 座敷童伝承の起源は南北朝時代に遡ると言われています。北五日市家の先祖である藤原朝臣藤房が軍に敗れて逃れる最中に病死した長男の亀麿(当時6歳)が「末代まで家を守り続ける」と言い残し、座敷わらしになったと伝えられています。そのため、宿の敷地には亀麿をまつる亀麿神社があり、先祖の守り神として祀っています。

 亀麿が棲み着いていると言われている奥座敷「槐の間」は、1週間の予約期間に3年分の予約が埋まる人気でしたが、2009年に亀麿神社以外が全焼。従業員と宿泊客は全員無事だったものの、営業できない状態が続いていました。